宮崎県北部の山あい、高千穂の各地区では、毎年冬になると民家の一室が神を迎える場に変わり、地元の男たちが三十三番の神楽を夜通し舞う。「高千穂の夜神楽」は、1978年(昭和53年)5月22日に国の重要無形民俗文化財に指定された。
高千穂は、『古事記』『日本書紀』の神話にも出てくる地名である。この記事では、8世紀に書き記された物語と、今も続く儀礼の両方を取り上げる。前者はあくまで神話として紹介する。
8世紀に書き記された神話
国立国会図書館のジャパンサーチによれば、『古事記』は現存する最古の歴史書と言われる。稗田阿礼が誦習していた『帝紀』『旧辞』などを太安万侶が筆録する形でまとめ、和銅5年(712)に元明天皇に撰進された。『日本書紀』は全30巻・系図1巻で、養老4年(720)に撰進され、舎人親王らによって完成した。
宮崎県の説明では、『古事記』の上巻は、天上の世界である高天原、出雲、そして日向(今の宮崎県のあたりの古い国名)の三つを舞台としている。「日向神話」は、初代の天皇とされる神武天皇に至るまでの、ニニギ・ホオリ・ウガヤフキアエズの「日向三代」の物語である。
神話では、アマテラスの孫ニニギが「筑紫の日向の高千穂の久士布流多気」に天から降り立つ。日向神話は、神武天皇がよりよい国を治める地を大和に求めて船出するところで終わる。
ジャパンサーチは、「記紀」と呼ばれる両書を、神話と歴史を伝える貴重な史料としている。日向の物語は神話の部分にあたり、この記事では、年代を確かめられる事柄とは分けて、物語として扱う。
神話の「高千穂」はどこか
高千穂町では、槵觸神社がこの『古事記』の一節と結び付けられている。町によれば、この神社は古くは「くしふる峰」そのものをご神体として祀っていたが、元禄7年(1694)に社殿が建てられた。
天孫降臨の物語と結び付く場所は、高千穂町だけではない。環境省は、霧島連山の高千穂峰(標高1,574m)を、天孫降臨神話が伝わる山として紹介している。
高千穂町には、もう一つの神話、天岩戸の物語にゆかりの場所もある。天岩戸神社は、神話でアマテラスがこもったとされる天岩戸を祀る神社で、ご神体の岩戸は西本宮から申し込んで拝観できる。そこから歩いて10分ほどの天安河原は、八百万の神が相談したとされる大きな洞窟である。
高千穂神社―言い伝えと記録
解釈が分かれる
ここでは、言い伝えと記録を分けて見る必要がある。高千穂町のページは、約1900年前、第11代とされる垂仁天皇の時代の創建としている。一方、文化庁は、創建は定かでないとしている。
高千穂神社は、古くから高千穂郷八十八社の総社として崇められてきた。
年代がはっきりしているのは本殿である。文化庁によれば、今の本殿は延岡藩主を大檀那として安永7年(1778)に完成し、造営には大分の鶴崎の大工らが携わった。
彫物には地元の伝説や祭礼にちなむ題材があり、文化庁は九州地方南部を代表する大規模な本殿建築としている。2004年に国の重要文化財に指定された。
三十三番を夜通し舞う
文化庁は、高千穂地方の各地区で冬に行われる夜神楽を次のように説明している。地区の民家が輪番で神楽宿に決められ、その家のオモテの間を神庭として神籬を設けて飾り付け、三十三番の神楽を夜通し舞う。
神楽は、面を着けずに採物を持って舞う舞と、面を着けた神能とからなる。深夜には、若者たちが神楽セリ唄を歌う「神楽セリ」がある。
神楽はまず神の降臨を祈って土地を清め、次に火の神・水の神・山の神・五穀の神・海の神などを祀る。続いて岩戸開きなど神々への感謝の舞があり、最後の「雲下(くもおろし)」で内注連を取り払って、すべてを終える。
舞う人に特別な資格はなく、各地区の一般の男性が伝えている。文化庁は、採物の舞と神能による神楽は全国に多いが、その中でもよく整い、暮らしと一体となって伝えられ、地域の特色を示すものとして価値があるとしている。
高千穂町によれば、村祭りには収穫感謝の秋祭り、太陽の復活と鎮魂の冬祭り、豊作を祈る春祭りがある。氏神様を神楽宿に招き、夜を徹して三十三番を奉納するのが昔からのしきたりである。
ただ、近年は舞い手や村の役目を担う人の都合で、夜神楽を奉納できない集落もある。そうした集落では「日神楽」として、昼間に式三番を中心に数番を奉納している。
祭りの日には、庭に「山」と呼ばれる外注連が、神楽宿の中央の部屋には内注連の「神庭」がつくられる。町は、切り絵の「彫り物」に神仏習合や陰陽五行の影響が見られるとしている。
舞い手は「ほしゃ殿」と呼ばれる。三十三番という数は、観音が33の姿に変わって人々を救うという考えによるものといわれる。神面は「おもて様」と呼ばれ、神そのものとされる。
町の三十三番の一覧では、最初のほうの3番が式三番として最も重要とされ、祭典には必ず舞われる。「御神体」の舞では、舞い手が見物人の中にも入ってくる。
岩戸の舞は天岩戸の物語を演じる。「手力雄」が岩戸を探し当て、「鈿女」が岩戸の前で舞い(町はこれを神楽の始まりとしている)、「戸取」で岩戸が開かれる。最後の舞では紙吹雪が舞い散り、三十三番が成就する。
暮らしの中の神楽
宮崎県で国の指定を受けた神楽は高千穂だけではない。銀鏡神社の大祭で三十三番を奉納する米良の神楽は1977年に指定された。今もおよそ26か所で行われている椎葉神楽は1991年に指定され、文化庁は神仏混淆の色合いを濃く残しているとしている。
2015年(平成27年)12月15日、「高千穂郷・椎葉山の山間地農林業複合システム」が、国連食糧農業機関(FAO)の世界農業遺産に認定された。農林水産省によれば、この地域の人々は、針葉樹による木材生産、広葉樹を使ったしいたけ栽培、和牛、茶、棚田での稲作、焼畑などを組み合わせて暮らしを立ててきた。
地域は高千穂町・日之影町・五ヶ瀬町・諸塚村・椎葉村の5町村にまたがる。山の斜面に沿ってつくられた用水路は総延長500kmに及び、地域の協議会は1,800haを超える棚田があるとしている。
農林水産省は、神楽をこの暮らしと結び付けて紹介している。五穀豊穣などを願う神事の舞である神楽は、今もほとんどの集落で奉納されている。
訪れられる場所
高千穂神社の神楽殿では、夜神楽のうち「手力雄」「鈿女」「戸取」「御神体」の4番が、年中無休で毎晩8時から1時間公開されている。
夜神楽そのものは、11月から2月にかけて、地区の民家や公民館で行われる。高千穂町は、観光客に公表してよいと答えた集落の日程だけを公表している。事前の予約は要らず、焼酎やお気持ちを御初穂料として渡すのがマナーと言われている。
町は、見学に訪れた人も「一夜氏子」だとして、村々のしきたりを守るよう呼びかけている。駐車場のない神楽宿もあるので、町の最新の日程表を必ず確かめてから出かけたい。
神話にゆかりの深い場所としては、天岩戸神社と天安河原、槵觸神社がある。1934年(昭和9年)に国の名勝・天然記念物に指定された高千穂峡の断崖は、阿蘇山の大噴火による火砕流が冷え固まってできたもので、真名井の滝は、天孫降臨の際に移された「天真名井」の水が流れ落ちているとされる。
時間などは、出かける前に公式サイトで確かめてほしい。
出典
- 高千穂の夜神楽Agency for Cultural Affairs (National Cultural Heritage Database)
- 米良の神楽Agency for Cultural Affairs (National Cultural Heritage Database)
- 椎葉神楽Agency for Cultural Affairs (National Cultural Heritage Database)
- 記紀編さん1300年記念事業(記紀と日向神話)Miyazaki Prefecture
- 古事記・日本書紀(ギャラリー)Japan Search (National Diet Library)
- 宮崎県 高千穂郷・椎葉山地域Ministry of Agriculture, Forestry and Fisheries
- 宮崎県の世界農業遺産と日本農業遺産Miyazaki Prefecture (Hinata MAFiN)
- 世界農業遺産 高千穂郷・椎葉山地域とはTakachihogo-Shiibayama GIAHS Regional Revitalization Council (five towns and villages and Miyazaki Prefecture)
- 高千穂神社本殿Agency for Cultural Affairs (Cultural Heritage Online)
- 高千穂峰登山コース(霧島錦江湾国立公園)Ministry of the Environment
- 高千穂の夜神楽ミニ解説Takachiho Town (Planning and Tourism Section)
- 夜神楽三十三番Takachiho Town (Planning and Tourism Section)
- 高千穂神楽Takachiho Town (Planning and Tourism Section)
- Yokagura dance (in English)Takachiho Town (Planning and Tourism Section)
- 令和7年度 高千穂の夜神楽日程表について(令和7年12月12日現在)Takachiho Town (Planning and Tourism Section)
- 槵觸(くしふる)神社Takachiho Town (Planning and Tourism Section)
- 天岩戸神社Takachiho Town (Planning and Tourism Section)
- 天安河原Takachiho Town (Planning and Tourism Section)
- 天岩戸神社 天安河原(あまのやすがわら)All Takachiho Tourism Area Development Council (text in the Japan Tourism Agency multilingual explanation database)
- 高千穂神社Takachiho Town (Planning and Tourism Section)
- 高千穂峡Takachiho Town (Planning and Tourism Section)
